光陰矢の如し

思い起こせば10年前の5月某日

一冊のタウンページを頼りにあちこちに電話をかけまくり
雇ってくれる広告写真スタジオを探していた。

「商業写真」というページに載っている番号に
手当たり次第に電話をかけ、片っ端から断られる事…数十件。

その名前のアヤシさ故、なんとなく最後の方に残しておいたのが
今のスタジオだ。

当時札幌ではまだコマーシャルの女性カメラマンが珍しい時代だったせいか
求人情報を探し履歴書を送るも、面接までこぎつけるのもやっとで
たいていの場合無言で履歴書が送り返されてくるのがオチだった。

職業上もともと少ない求人を待っていても時間の無駄だと気づき
ならば、手っ取り早くこちらから押し掛けようじゃないか。という作戦に出た。
履歴書を送って、返事が来るまで数日(しかも不採用)というロスタイムが無いので
電話売り込みは相手の反応がダイレクトなので話が早く、
良くも悪くも結果がすぐ分かって効率が良かった。

念願かなってスタジオ入りしたものの
撮影現場において、カメアシは一番下っ端の下僕状態だったので
最初の頃は名前で呼んでもらえる事もなく、せいぜい「オネエちゃん」。
目の前で元気よく挨拶してもシカトされるのが日常だった。
今でも映画などの厳しい世界では変わらないのかもしれないが。

月日が流れてカメラマンとして現場に立つようになり、
当時シカトし続けてくれたオジさまの方から笑顔で
「お疲れさまでしたー。」と挨拶をしに来てくれた時にやっと、
『あー、カメラマンになったんだな〜。』などと実感したものだ。

そんなこんなで、6月1日でフレメン入社まる10年なのだ。
写真を職業にしてからは…おぉっ、15年だ。 

トシを取るにつれ、1年、1月、1日が早い早い。やだなー。
昨日の出来事より昔の記憶のほうが鮮明なのは何故だろう。。。やだなー。
本棚から人間失格が2冊も出て来たのはなんでだ…2回も買ってたのか。。。やだなー。
しまいにゃあ持ってるCDをTUTAYAでレンタルして来るし。。。やだなー。
ほんとにダメ人間じゃないか。
そのうちなにもかも忘却の彼方に…生まれてきてすいません。

なにはともあれ
今ではコマーシャル及び、それ以外の分野の雑誌、報道、スポーツ、学校写真…etc.
沢山の女性カメラマンが活躍していて喜ばしい限りです。

追記:そういえば「光陰矢の如し」も抹殺した前のブログで使ったような気が…やだなー。


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