深井克美展・図録撮影

現在北海道立近代美術館にて開催中の
「深井克美展」の作品図録撮影を担当しました。
こちらは図録だけでなくチラシ、ポスターにもなっており
アーカイヴとして美術館に残り今後も活用されます。

「深井克美展」2/5日〜3/21日まで北海道立近代美術館にてhttp://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/…/exhi…/cl_H310205.htm

 

現在会場に展示されている深井克美他3名の作品は
撮影期間中に届かなかったものを除き
ほぼすべての撮影を担当させていただきました。

 

撮影現場で被写体として隅々確認しながら見るのと
展示会場で作品としてじっくり観るのとでは大違いでした…!

 

油絵の上にニスを塗りかなり光沢の強い作品も多かったので
まずは絵に照明のテカリ(反射)が入らないよう
しかしダークに混ざり合った深井の微妙〜な色は明確に出すべく、
スタジオのEIZOの4Kモニターちゃんを現場に運び込み
歌舞伎ばりの睨みを効かせつつ細部を「入念にチェック」しながらの
撮影だったので”鑑賞した”とは別次元でしたよ・笑

 

ストロボ照明も同じ位置にただ置きっぱなしではなく、
作品のトーンによって上下左右それぞれを動かすので
簡単な複写ではなく、完全に各作品に合わせた撮影です。

質感も色もサイズもそれぞれですからね。
長いこと美術作品のアーカイヴ撮影のお仕事を
させて頂いてる身としては
全部同じでいい訳がない、と思うのです。(私の場合はです)

 

リバーサルフィルム時代よりも、デジタルカメラの場合
発色の特徴が各メーカーのセンサーやレンズによって
結構差がありますし、色調のグラデーション豊かな絵画は特に
デジタルでは出にくい色ってのもあるので、
照明据え置き一本やり、ではちゃんと表現されないので手をかけます。

 

ってな流れで、撮影中に作品は穴が開くほど見てるのに
会場でじっくり「観て」今更ながら衝撃を受けまくりました。
「私は何を見ていたんダーーーッ!!?」と頭抱えて懊悩。

「細部を確認する」と「じっくり鑑賞する」では脳の認識が全く違うんだ!
ということが実体験で今回よくわかりました。
当たり前だよなぁ。。。
頭で観察するのと、心で感じるのとでは全然違うわ。そりゃ。
ある意味新鮮な感覚。

 

痛い寒い暗い重い冷たい苦しい
ドロドロに溶け、闇に飲み込まれそうな不安と焦りと…
でも凄まじく強烈な美しさと。

 

文才がなさすぎて的確な言葉で表現できませんが
30年以上前とは思えない作品たち。

これらが描かれた時代って、
高度成長期後のバブルがはじける前で世間は今より明るかったろうに
なぜか今の時代に合ってしまうのは何故か。
絶望、喪失、虚無、それとは裏腹に強く救いを渇望するような空腹感とか…
現在の作家、と言っても誰も疑問に持たないのではないだろうか…

 

30歳という若さで突然自らこの世を去った深井克美。
今回の展示は生誕70周年であり、没後30周年、という年でもある。

あらためて対峙した深井克美の世界。
なんというか…
すべてが悲しく辛いだけではないのです。
「オリオン」は絶望的な中にも強く”愛”を感じるし
「ランナー」は逆に希望や明るさ、爽やかさを感じたりする。

 

「ランナー(未完)」という作品は
かつて札幌を拠点に活動していたパンクバンド
bloodthirsty butchersのアルバム『NO ALBUM 無題』の
ジャケットにもなっているのです。私は持っていませんが…

 

余談ですが、私は高校生の頃
札幌のパンクバンドの聖地ベッシーホールによく行ってたので
このブッチャーズのライブも何度か会場で見てます。
*残念ながらVo.でリーダーの吉村さんは2013年に逝去されました…

剣山のような長い鋲が両肩から突き出た革ジャン&モヒカンの
やばめのお兄さんたちに混じってラバーソール履いて
パンク色の強かった昔のヒステリックグラマーの服着て
ぴょんぴょん飛んでましたわ・笑

それにしてもあの剣山ジャケット、
画像探したけどあんなに長い鋲は見つからなかった…
ハト除けかよ!! ってくらい長くて刺さりそうだったのに。

 

あららまた脱線。

 

なので「あのバンドって深井克美と通じる世界観だったのか」と
16,17歳のパンク少女には気づかなかったものが
長い時を経て「なるほど…」と色々と繋がってくる不思議。

あ、いや、私がライブ行ってた時とこのアルバムとは
だいぶ長〜〜〜〜い時間が経ってるので当時はまた少し違ったのかも。
何れにしても私的にはすごいシンクロなのだ。

 

 

会期中にまた何度か会いに行こうと思います。
二度三度と観るうちにまた新たな発見がありそうで。

 

素晴らしい仕事に関わることができて感謝です。